Home >> Trip
旅をすることが、いつの頃からか、好きになっていました。
旅先の街を歩くことで、普段の生活で慣れきった感覚が、次第に開放されていくことを感じます。
ここでは、そんな旅の記憶を、つづっています。
どうぞ、ご覧くださいませ。
2010/07/21
イタリアには、魅力的な小さな街がたくさんあります。北部の田園都市から中北部の漁師町、南部の海洋都市まで、その表情はどれも豊かで、何度も訪れたくなる街ばかりです。モノがあふれ、以前のような物質的な豊かさより、21世紀的な価値観の中、精神的な豊かさを、より求めるようになっているのは、どうやら日本人だけではないようです。日本と同じく、大地震の被害を受けているイタリアですが、大きな被害を受けたあと、お金と時間をかけ、以前と同じ街並が取り戻されています。同じ街並を取り戻すことにより、そこに暮らす人たちや訪れる人たちは、より一層、この街を愛するようになるのでしょう。ここぞとばかりに、新しい建物を建てていくことが、未来のために、一概に悪いことだとは思いませんが、歴史の継承があってのことだと思います。家を設計する立場としては、やはり自分がかかわった家は、20年や30年で建て替えられるような消耗品ではなく、丁寧に暮らし、空間がそれに答えてくれる、時間と共に深みが増すような家であってほしいと思います。そんな家を愛する人たちが街に増えると、日本の街も、イタリアの小さな街のような魅力的な街へと育っていくのかもしれません。
イタリア・アッシジにて
イタリア・アッシジにて
2010/07/20
我が家には、特別な本棚というのはなかったけど、
それぞれに本が好きで、ばらばらに家中に散乱していました。
父には、映画や外国の俳優さんに関連する本を、
母からは、世界名作全集や詩集や絵本を、
一緒に住んでいなかったけど、
叔父からは数々の漫画やサブカルを・・・。
私がいつか、家庭をもったら、
壁一面に大きな本棚をつくりたいと思います。
司馬遼太郎記念館とまでは、いきませんが、あんなふうに。
大阪・司馬遼太郎記念館にて
それぞれに本が好きで、ばらばらに家中に散乱していました。
父には、映画や外国の俳優さんに関連する本を、
母からは、世界名作全集や詩集や絵本を、
一緒に住んでいなかったけど、
叔父からは数々の漫画やサブカルを・・・。
私がいつか、家庭をもったら、
壁一面に大きな本棚をつくりたいと思います。
司馬遼太郎記念館とまでは、いきませんが、あんなふうに。
大阪・司馬遼太郎記念館にて
2010/07/18
『パリで考えること 辻仁成』
気分を変えるのが好きなので、だからか、仕事も人生も退屈することがない。なのに、だらだらいろいろなことをやっているというのに、だいたい、予定通りに作品は仕上がる。頭も仕事場も混沌としているからこそ、作品は出来上がっていくのだと信じている。整理された世界で生まれる小説はきっと大したものにならない、気もする。
パリ・サンジェルマンにて
気分を変えるのが好きなので、だからか、仕事も人生も退屈することがない。なのに、だらだらいろいろなことをやっているというのに、だいたい、予定通りに作品は仕上がる。頭も仕事場も混沌としているからこそ、作品は出来上がっていくのだと信じている。整理された世界で生まれる小説はきっと大したものにならない、気もする。
パリ・サンジェルマンにて
2010/07/17
Coo Planningでは、住宅の設計・監理の仕事を行なっています。現場監督及び職人さんとの現場打合せ、工事の進捗による各工程の仕上がり状況、設計図面との整合性、建て主さまのご要望の確認、コストなど、全体を俯瞰するように現場をとらえることが、Coo Planning の役割です。自分たちの工程が完了し現場を去った職人さんの仕事を、あとの工程へと途切れることなく繋げていき、設計におけるテーマを一貫すること、それが大切なことであり、設計者のみにできることです。『家づくりに参加する』とは、セルフビルド的な自分で部分的に施工に加わるという意味だけではなく、『モノが出来上がっていくプロセスを見て、純粋に楽しみたい』という気持ちが大切であり、そのことが、建て主さまが行なう現場監理、住宅ができるまでのプロセスの確認であり、『家をつくること』『家づくりに参加すること』に繋がるのだと思います。
南フランス・アヴィニヨンにて
南フランス・アヴィニヨンにて
2010/07/15
やさしい肌触り、木の香りの立ちこめる、柱と梁による力強さとしなやかさを、合わせ持つ、木造空間。シンプルで力強く、ピンと張りつめた空気のなか、身体に語りかける、コンクリートの空間。軽やかな心躍る空間、現代感覚あふれる、創造的な鉄骨空間。それぞれの素材のもつ特徴を、最大限に生かす住空間を、つくりたいものです。
狭小敷地での建物は、法律や予算、工事方法などと、いろいろな制約に本当にギリギリ、ギリギリと締め付けられて、設計しているようなものなのです。そのような条件のなかで設計するからこそ、素材のもつ特徴を生かした鍛え上げられた美しい家が、つくられることになるのかもしれません。
ドイツ・ベルリン ユダヤ博物館にて











